テクニカルノート

虫の音に秋の憂愁と味覚の季節を思う

文:動物調査室 井上 堅 2008年10月1日

カンタンの音色
カンタン

カンタン

地上に出てからの短い一生を謳歌するかのように夏の間鳴り響いたセミたちの鳴声もいつの間にか消え、代わってそこかしこから聞こえてくるのはコオロギの鳴声。

少し足を延ばして河川敷や堤防、耕作地のある丘陵など開けて乾燥した草地に赴けば、葛の茂みからルルルルルルルとカンタンの囁くような音色が聞こえて来ます。その鳴声を耳にしていると、今にも消え入りたくなるような、やる瀬ない気持ちになるのは何故でしょうか。

しかしカンタンはその物悲しい鳴声とは裏腹に、深まり行く秋の日々、配偶者と出会い、子孫を残すために必死で鳴いているのです。時につれない態度をとられようとも落ち込んでいる暇はありません。

葉と葉のあいだをのぞくと
カンタンの鳴く様子

カンタンの鳴く様子
葉の穴に身体を入れ、逆さになっている

カンタンはその鳴声を反響させるために葉と葉の間に入って鳴くことが知られています。より反響させるためには葉面に対して水平に翅を立てて震わすことが効果的です。ですから鳴いているカンタンを見つけると、少なからぬ個体が写真のように葉の切れ目や、葉に開いた穴に身体を突っ込んで翅を震わしている様子を窺うことができます。必死に何かに取り組んでいる様子というのは時に滑稽に写るものですが、それは虫の世界とて同じことのようです。

身近なエンマコオロギ

住宅地や公園など最も身近な場所でよく耳にするのはエンマコオロギの鳴声です。その怖そうな名前とは裏腹にヒリリリリ~としゃがれたビブラート混じりの音色は哀愁を帯びて聞こえてきます。エンマ様にも人知れぬ苦悩がおありなのでしょうか。

日本にはエンマコオロギ属のコオロギが5種(うち1種は帰化種)いますが、エンマコオロギの他に日本で主に見られるものは北海道から近畿地方に分布するエゾエンマコオロギと近畿地方以南に分布するタイワンエンマコオロギの3種です。

アジアの昆虫食

タイワンエンマコオロギは東南アジアにも広く分布しており、市民市場でタガメやゲンゴロウなどと共に写真のように素揚げにされたものが売られています。イナゴなどより肉質が柔らかく美味しいです。

昆虫食は世界中に見られる食文化でありながら、民俗学や民族料理を扱う書籍で詳しく取り上げられることは稀です。しかし実際にはハチの子などは天然マイタケのようにむしろ高級食材ですし、タイの市場で売っているタガメ1匹の値段は惣菜1人前と同等かそれ以上だったりします。つまり貧相な食べ物でなどないことも多いのです。世界的に見ると昆虫食は、私たちが山菜やキノコ料理に舌鼓を打つように、季節の味覚として広く認められ、人気のある食材なのではないでしょうか。

  • 市場で売られていたコオロギ(タイ チェンマイ市)

    市場で売られていたコオロギ
    (タイ チェンマイ市)

  • イナゴを売る少女(メキシコ オアハカ市)

    イナゴを売る少女(メキシコ オアハカ市)
    イナゴの幼生は酸味のある香辛料で味付されている

虫と宇宙

私たち日本人はちょっとお上品になりすぎて、イナゴの佃煮を食べる機会も減りましたが、食糧危機が論じられる昨今、昆虫食は食糧問題解決の秘策として注目されています。というのも、私たちが蛋白源として普段口にする魚や鶏、ウシなどと比べて、昆虫の蛋白質変換効率は10倍以上高いからです。こうしたことから再生産可能な蛋白源として宇宙食としても有望視されているようです。虫を食べることに拒絶反応がないことがパイロットの資格として重要な条件となる日がいつか来るかもしれません。そんなことを考えていると、コオロギたちの鳴声も違った味わいを帯びて聞こえてきます。

※本記事は、NPO法人環境生態工学研究所発行のニュースレターに寄稿したものです。
※WEB用に多少表記を変えております。また、日付はニュースレターの発行日になります。


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