テクニカルノート

微妙で絶妙な…ブラキストンライン!

文:佐竹 一秀 2015年11月1日
(WEB公開:2018年11月1日)

海を越えて北海道へ

10月上旬、北海道で、あるNPOのフォーラムがあり、参加してきました。行き帰りともにフェリーを使う1泊4日(2回船中泊)の強行軍でした。フェリーは八戸苫小牧航路です。1日4往復していて、長距離トラックも多く、東北自動車道から八戸自動車道、フェリーそして北海道各地へと物流の中心を担っている航路です。私の乗ったフェリーは夜中の22時に八戸を出発し、翌朝6時に苫小牧に着くものでした。前日は台風が発達しながら北上し、強風が吹き荒れていて、波も高く欠航かとも思いました。当日も風はまだまだ強かったのですが、出航できるとの事。船に弱い私は相当の揺れを覚悟し、酔い止めも飲んで乗船しました。が、ほとんど揺れずに、別の心地よい酔いの中で寝てしまいました…。

苫小牧のウトナイ湖はバードサンクチュアリ
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エゾリス

翌朝6時、予定通り苫小牧下船です。新千歳空港で東京から来る人と8時半待ち合わせですので、少々時間が有りました。苫小牧港と空港の間にあるウトナイ湖に立ち寄りました。

ウトナイ湖は、1981年に日本野鳥の会によって日本初のバードサンクチュアリに指定されている場所です。翌1982年には国指定ウトナイ湖鳥獣保護区(集団渡来地)、1991年には日本で4番目のラムサール条約登録湿地となっています。ハクチョウやカモ類が既に渡来していましたが、遠方でかつ逆光で見にくかったので、湖岸の散策路を歩いてみました。その時、目の前に現れてくれたのが、写真のエゾリスです。そして近くにエゾシマリスも現れてくれました。本州では見る事のできない2種です。これを見て、北海道だ!ブラキストンラインを越えたんだ!と実感しました。

ブラキストンラインは生物の境界線

ブラキストンラインは一般の人にはあまりなじみがないかも知れませんが、生物好きの人にとっては憧れ?のライン(線)です。津軽海峡上に引かれている生物の境界線です。この線を境に生息、生育している生物が違います。

一例をあげると写真のエゾリス、エゾシマリスは本州にはいません。本州にはニホンリスが棲んでいます。クマもツキノワグマとヒグマと違っていますし、亜種レベルではキタキツネとホンドギツネ、エゾシカとホンシュウジカ。また、サルやイノシシは北海道にはいません。鳥類でもキツツキのアオゲラとヤマゲラ、エナガとシマエナガ等々、近縁種、近縁亜種のレベルで違っています。この生物境界線は津軽海峡にあるブラキストンラインだけではありません。他にも日本各地、もっと広い見方をすると世界も区分されています。

世界中にある境界線
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日本周辺の生物境界

世界的にみると動物は6区分(旧北区、東洋区、エチオピア区、オーストラリア区、オセアニア区、新北区、新熱帯区、南極区)、あるいは8区分(オセアニア区と南極区をわける)とされています。植物でも諸説あり、いろいろなわけ方が示されています。

日本周辺では、鹿児島と沖縄の間にラインがあり、動物は北側を旧北区(きゅうほっく)、南側を東洋区と区分されています(右図の⑤付近)。

植物もほぼ同じで北の九州側が全北区、それより南が旧熱帯となっています。感覚的にも沖縄の動植物は本土とチョット違うと感じていますが、あまり行ったことがないので…。右の図は日本周辺の生物境界の一部を示しました。他にもありますが、私的に代表的と思う境界線です。

  • ①:宮部ライン:植生の違いから(北方領土返還はこの線で!)
  • ②:八田ライン:両生・爬虫類の違いから
  • ③:ブラキストンライン:哺乳類、鳥類の違いから
  • ④:対馬海峡ライン:ツシマヤマネコ、アカマダラ(ヘビ類)の対馬の分布から
  • ⑤:渡瀬ライン:哺乳類、両生・爬虫類の違いから、動物地理区分の旧北区と東洋区
イギリスの学者ブレーキストンにちなむ

ブラキストンラインは、イギリス人のトーマス・ライト・ブレーキストン(Thomas Wright Blakiston)に由来します。軍人・貿易商・探検家・博物学者といろいろなことを行った人ですが、1863年に函館に移住し、1872年頃から日本産鳥類の採取を始めました。その後日本を離れる1883年頃までに2,300点の標本を集め、1878年にそれらの成果を踏まえて「A Catalogue of the Birds of Japan」を発表しました。これは西洋の学問体系に基づいた最初の日本産鳥類目録です。1880年に「Bards of japan」として大幅改定を行い、その序文に「津軽海峡を挟んで動物相に違いが確認され、地質的な歴史によるもの」と言明していています。これが評価されて津軽海峡の生物境界線をブラキストンラインと呼ぶようになりました。

ブレーキストンの言葉「地質的な歴史によるもの」について考えてみます。氷河期(氷期とも呼ばれています)の話です。一番新しい氷期(最終氷期)はおよそ7万年前に始まって1万年前に終了しています。また、2.1万年前には最も氷床が拡大し(最寒冷期)、海水面が120~140m低下したといわれています。この時の宗谷海峡の最深部は50~60m程度しかなかったため、北海道は樺太も含めてかなり長い間ユーラシア大陸と陸続きになっていました。一方、津軽海峡の最深部は140mであったため、北海道と本州はつながったような…(諸説あって、地質系の学者さんはつながったと考えている人が多く、生物系の学者さんはつながらなかったとの意見が多いようです)。

地続きになった時期に移動
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エゾシマリス

そのため、北海道と本州の間が狭くなり、時期によっては地続きとなり、水量が多くなれば再び離れ、その間を生物は色々な手段で行き来しました。あるものは徒歩で、あるいは泳いで、あるものは流木に乗って、あるいは風に飛ばされて、あるものは鳥や昆虫にくっついて移動しました。また移動できずに、その場にとどまったものもいたはずです。そして移動の有無にかかわらず、そこの環境変化に適応しながら命をつないで現在に至っています。

対馬海峡の最深部も津軽海峡と同じ140m程度と言われていますので、朝鮮半島からユーラシア大陸とつながっていたかもしれません。もし津軽海峡、対馬海峡ともにもう少し浅くて、最終氷期に大陸と陸続きとなっていた場合は、ほぼユーラシア大陸東海岸と同じような生物相になったと思います。逆にもっと深かった場合は、大陸からの生物の移動は少なく、生物多様性のレベルは低くなったと考えられます。

この微妙な、そして絶妙なバランスが、日本の生物相の特色である「国土面積に比較して動植物種数が多い」、「固有種の割合が高い」ことにつながっています。なお、生物の境界線はその前後で全ての生物種がガラッと変わるのではなく、前記の境界線についての解説にあるように(①~⑤)それぞれ対象があります。それぞれの種の移動能力と阻害要因のバランス、それが生物境界線を決めています。生物境界線にはまだまだ不思議な話がいっぱいありそうです。

  • 参考資料
  • 北海道野生生物基金『北海道の生物境界線』(モーリーNo.34,p1-38,2014年)

※本記事は、NPO法人環境生態工学研究所発行のニュースレターに寄稿したものです。
※WEB用に多少表記を変えております。また、日付はニュースレターの発行日になります。


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