テクニカルノート

渡りトンボ(赤トンボ)

文:佐竹 一秀 2010年10月1日

秋の風景といえば…

本当に秋が来るのか心配になるくらいの猛暑・酷暑でしたが、やはり秋はちゃんと来ました。ただ、急激に寒くなり、秋を通り越してすぐに冬になりそうな感じもありますが…。なにはともあれ秋です。
秋の風景を想像してみて下さい。黄金色の田んぼと夕日に飛ぶ赤とんぼの姿が思い出されるのではないでしょうか?あわせて次の歌が出てきませんか?

  • 1 夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か
  • 2 山の畑の桑の実を 小籠に摘んだはまぼろしか
  • 3 十五で姐やは嫁に行き お里のたよりも絶えはてた
  • 4 夕焼け小焼けの赤とんぼ とまっているよさおの先

あらためて歌詞を調べて、大変な勘違いをしていたことがわかりました。赤とんぼが子供達に追いかけ回されていたと思っていたのですが、実は姐やに背負われて赤とんぼを見たのですね…そう思っていたのは私だけでしょうか?

「赤とんぼ」のモデル候補、二種

この詩は三木露風が大正10年に函館のトラピスト修道院で、夕方に窓の外にとまっていた赤とんぼを見て、子供の頃の事を思い出して作ったと言われています。そのため、北海道南部でも見られ、夕方に飛び交い、竿の先に止まる習性をもつ赤いとんぼである「アキアカネ」がこの詩のモデルと言われています。また、露風のふるさとの関西で多く見られる、「ウスバキトンボ」ではないかという意見もあります。
今回はこのアキアカネ、ウスバキトンボの二種のトンボを取り上げます。

アキアカネ:高地と平地を大移動
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アキアカネ

アキアカネは日本にのみ生息する特産種で、卵で冬越し、翌春に孵化し、孵化したヤゴは水中生活を送り急速に成長し3ヶ月ほどで羽化します。本州の平野部では4月中旬から5月中旬に孵化し、6月中旬から7月上旬に羽化。羽化直後に高地に移動し、夏は1,000m以上の高山帯で過ごし、9月初めになると集団で山を下り里に戻り、交尾、産卵を行います。この時期の雄の腹部は赤色になり赤とんぼらしくなります。ほとんどの雌や未成熟の個体はオレンジ色のままです。世界中には5,500種程のトンボが確認されていて、長距離を移動する種はいくつか知られていますが、このように高地と平地を大移動するトンボはアキアカネだけです。(外国にはまだ調べられていないトンボがいるかも知れませんが)。

高地に移動し成熟を抑制~日本の稲作環境に適応

なぜ夏に高地に移動するのでしょうか?
アキアカネは北方系のトンボですので、暑さに弱いため、一般的には暑さを避け、避暑地に旅行するような言われ方をしていますが、その先にもう少し理由があるようです。前にも書きましたが、アキアカネは卵で冬を乗り切ります。これは、寒い時期を通り越してから孵化するのであれば問題なのですが、寒い時期でも時間はかかりますが卵は成長して孵化に向かいます。そのため、早い時期に産卵すると、餌の少ない冬にヤゴになってしまい、餌不足+寒さで死んでしまいます。また、羽化したトンボ類の多くは2~3週間で成熟して繁殖を行うようになります。そこで、アキアカネは夏の期間に高地に移動し成熟を抑制(生殖休眠)しているのです。それではそのまま高地にいて繁殖を行えるように進化しても良さそうですが、秋には平地に降りてきます。稲刈りが終わった湿った田んぼや、用水路、池等に産卵すれば、春には水田に水が入り、餌のミジンコ等が大量に発生します。このような日本の稲作に適応して繁栄しているのがアキアカネです。

ウスバキトンボ:海を渡るトンボ
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ウスバキトンボ

ウスバキトンボも渡りを行うトンボです。こちらは平地と高地を移動するのではなく、海を渡って日本にくるトンボです。アキアカネは日本特産なのに対して、ウスバキトンボは世界で一番分布域の広いトンボです。アジア全域から南北アメリカ、アフリカ、ヨーロッパの一部にも飛来する熱帯系のトンボです。そのため、日本でも南の地方により多くいて、南に地方で赤とんぼと言えばこのウスバキトンボです。盆トンボ、精霊トンボともよばれ、お盆の頃に大群で飛翔するところがよく見られます。

世代交代しながら北上

ただ、不思議なことに日本本土では越冬していません(八重山諸島が越冬地の北限です)。その年に海を越えて来たものは全て死滅してしまいます。アキアカネのように卵での越冬も出来ません。このトンボの特徴は成長が早いということです。普通のトンボは卵から成虫になるまでに1~3年かかり、成長の早いアキアカネでさえ半年かかります。このウスバキトンボは高温下では4日間で孵化し、その後ヤゴは1ヶ月で成虫になります。そのため1ヶ月半~2ヶ月程で世代交代が可能です。九州には3月下から4月に現れ、東北地方では7月頃に見られることから、東北地方のものは日本生まれの2世代目と考えられます。その後3世代目まではいけそうですが、4世代目はどうでしょうか?ここにも地球温暖化が影響を及ぼしそうですね。

なんのために北へ飛ぶ?

それではなぜウスバキトンボは、ムダな北上を続けるのでしょうか?
一説にはウスバキトンボそのものの個体数は非常に多く、条件がそろえば更に数を増やし、数が増えすぎて環境の許容量を超えてしまうため、一部の個体は数減らしのために無駄死のルートに飛んでいくというものです。ただ、もしそうであれば数の増減があり、全く飛来しない年があっても良いと思うのですが、残念ながら毎年毎年死ぬためだけに…飛んできます。また、何千年も同じ死への飛行を続けていくのもやはり解せません。ただ言えることは、東南アジアから飛んできて水田の害虫であるウンカをたくさん食べ、逆にツバメの餌になってツバメたちの子孫繁栄に尽くし、秋冬には水田や溜池等で死体が他の動物に利用され、あるいは土の養分として還り、日本の水田生態系の一翼をしっかりと担っています。尊い命と引き替えに、日本の水田生態系を保全していると考えると、決して無駄死にではないと思います。

いつまでも「赤とんぼ」の歌のように
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マユタテアカネ

アキアカネやウスバキトンボ以外にも水田に依存しているトンボは多くいます。これらのトンボが「赤とんぼ」の歌のように夕暮れの空をいつまでも飛び続けることができる未来であることを祈ります。

  • 【参考文献】
  • 新井裕『赤とんぼの謎』どうぶつ社 2007年

※本記事は、NPO法人環境生態工学研究所発行のニュースレターに寄稿したものです。
※WEB用に多少表記を変えております。また、日付はニュースレターの発行日になります。


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