テクニカルノート

大震災から一年(生物達は?)

文:佐竹 一秀 2012年4月1日

震災から一年がたって
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名取川河口部から仙台新港方向

昨年の今頃は何を考えていたのか記憶にありません。ただただその日を生きるのに必死でした。水が無い、食べ物がない、電気がない、ガソリンがない…。あれから1年、瓦礫の撤去はある程度進みましたが、復興の形が全くみえてきません。3/11に閖上に行って来ました。廃墟の中の小高い丘から、名取川の河口に向かって、亡くなられた方々のご冥福と、被災地の早期の復興を祈ってきました。

生きものたちの復興は?

生物の世界はどうなっているのでしょうか。最近になってやっと生物調査の報告会等も開かれていて、少しずつではありますが情報が流れてきています。身近なところでは、津波により松島湾や志津川湾の藻場が大打撃を受けています。藻場は海産生物のゆりかごです。産卵場所であったり、稚仔魚の生育の場所であったり、捕食者からの避難の場所であったりします。さらに、水質の浄化やCO2の固定の機能も見逃せません。海の健全な生態系を取り戻すためには、藻場を早期に復活させる必要があります。当NPO(ETEC)でもS理事を中心に各種助成金を頂きながら、藻場復活に向けて取り組んでいる所です。移植により藻場の再生を考えていますが、種(たね)の確保が問題になっています。それぞれの湾内に比較的被害の少ない藻場があれば、そこから持ってくるのが良いのですが、そのような場所のない所では、遺伝攪乱の話もあるため、おいそれと外から持ち込めないようです。

蒲生干潟が回復
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仙台空港東側の状況

海岸線や干潟が元に戻ったとの話も聞きます。蒲生干潟は津波により砂が流され、海と直結しましたが、その後、前と同じように干潟が形成されました。自然の力は偉大ですね。アッという間に海にしたり、砂を運んで干潟にしたり。人はただただ見守るしかありません。ただ、できたての蒲生干潟は砂質でした。前の干潟は泥質の部分も多くありました。これから徐々に泥質化していき、生息する底生生物の種も徐々に変化していくと思います。自然は偉大だ、といってもさすがにそこまでは出来ません。やはり時間が必要です。3/11に閖上の名取川の河口から見た井戸浦も、砂州により海水の流入が遮断されたように見えました。徐々に汽水化が進み、前のようなハゼ類の生息地が回復すれば嬉しいです。

海岸近くに増えた湿地

陸上はどうでしょうか。海岸に近い場所の水田は、津波や地盤沈下により塩水に浸かり、農業ができるような状況ではありません。湿地が増えたという言い方ができるかも知れませんし、そのまま湿地になってしまう場所も多くあるのではないかとも思っています。生物からすると、今まで埋立てや水環境の悪化で減少し続けていた湿地が、増える可能性もあります。湿地には希少な生物も多くいて(湿地そのものが減少したため、湿地環境に依存している種が希少種になったというほうが正しいと思いますが…)、それらの種の生息・生育環境が増えることは、喜ばしいことかも知れません。時々ここに紹介する仙台空港東側のハウス栽培の農地も、骨組みの撤去は完了し、そのまま湿地の状況を呈しています(写真参照)。まだ生物の侵入も余り見られませんが、このままの状態が続けば、水鳥の楽園になる可能性も大いにあります。今後も継続して調査をしていこうと考えています。

水田のカエルたち
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アマガエル

少し内陸側の津波をかぶった農地はどうでしょうか。昨年はほとんどの場所で田んぼが作られなかったと思います。圃場整備が行われ乾田化していることもあり、イネの代わりに乾燥に強い雑草が繁茂していました。遠目からは緑色の田んぼが広がっていてイネのようにも見え、さほど違和感はありませんでした。

ただ、チョット気になるのはカエル類です。昨年春先、そろそろ冬眠からさめようかと思いはじめた時、冬眠場所が大きく揺れ、場所によっては塩水が入り込み、命を落としたカエル達もいた事でしょう。その後、周辺では揚排水機場の補修も進まず、水の供給が少なく、田んぼも乾燥した状態でした。いつもの年であれば田んぼに水が入り、産卵をしていたカエル達は、時々降る雨を頼りに産卵したのでしょうか。雨水でその場をしのぎ、草地の虫たちを餌に命を長らえ(虫たちもチャンと発生できたのだろうか…)、冬眠に入り、そして間もなく目覚めるはずです。今年、田んぼは作られるのでしょうか。仙台平野の水田にはアマガエルが多くいますが、そのほかにトウキョウダルマガエルとニホンアカガエルというカエルが住んでいます。この2種はいずれも宮城県のレッドリストに掲載されている貴重種です。津波をかぶった場所にも、前は多くいました。今年は見に行こうと考えています。生き残っていて欲しいのですが…。

津波を生きのびた動物たちのこれから

津波をかぶった地域の昆虫等の小動物について、数は少ないものの、ある程度確認できたという話を聞きました。それはそれでよかったのですが、実はこれからしっかりと見ていく必要があります。津波を上手い具合に逃れ生き延びた個体がいる反面、ダメだった個体も多くいたはずです。このことは、個体数は少ないものの種類は確認できた事の結果だと思います。では、少ない個体が来年も世代をつないで生きていけるでしょうか。雄雌の出会う確率が少なくなり、また津波により生息適地や産卵適地が少なくなった、あるいは全く無くなった種もいるのではないでしょうか。餌となる他の生物もしっかりと生き残っている必要もあります。津波を逃れて生き残った種が、これからも生き続けていくための環境があるか、それらが永続的か、とても気になっています。

前にも書きましたが、昨年6月に津波のかぶった閖上の水田地帯で、アマガエルの鳴き声調査をしました。津波の影響を受けない場所では、どこにでもいてうるさいぐらいに鳴いているアマガエルですが、1平方キロメートルの範囲で10箇所ほどでしか声が聞けませんでした。今年はどうなるのでしょうか。生き残った10個体は繁殖できたでしょうか。田んぼは耕作されていませんし、車や船の油が流れ出ていました。また一番気になるのは、塩分は減っていたのでしょうか。蛙は塩水が嫌いです。塩分が多いと生きていけません。今年も昨年と同じ頃に声を聞きに行こうと思っています。

寒くて雪の多かった今年の冬も終わりました。生物の活動が活発になってくる春です。そして夏、秋、どのような変化が見られるのでしょうか。現地に行き、人間界の復興だけではなく、生物についても記憶&記録に残したいと考えています。

※本記事は、NPO法人環境生態工学研究所発行のニュースレターに寄稿したものです。
※WEB用に多少表記を変えております。また、日付はニュースレターの発行日になります。


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