調査方法のご紹介
動植物を主要な対象とする自然環境調査では、現地調査によってそれらの生息状況を把握し、その分析・評価を行っています。調査で有益なデータを得るためには、対象となる動植物の生態や特性に合わせた調査手法の選択が重要です。本項では哺乳類、希少猛禽類、鳥類、両生類・爬虫類、植物など、各項目の調査手法について紹介します。
哺乳類
●目撃法・フィールドサイン法
調査範囲内を踏査し、実個体の目視確認に努めるほか、生活痕(フィールドサイン)から生息状況を把握します。フィールドサインには足跡、糞、食痕、爪痕などがあり、その痕跡から種を特定することができます。
カモシカの目視
雪上のノウサギ足跡
●トラップ法
目撃法・フィールドサイン法で確認が困難なノネズミ類・モグラ類などの小型哺乳類については、トラップ(シャーマントラップ・生け捕り罠(カゴトラップ)・ピットフォールトラップ(落とし穴)・モールトラップ)を用いた捕獲調査が効果的です。捕獲された個体は計測・写真撮影をした後、放逐します。
※調査は各都道府県の鳥獣捕獲許可を得てから実施します。
◆ノネズミ類
アルミ製の生け捕り罠(シャーマン型トラップ)にピーナッツなどの誘引用の餌を入れて設置します。東北では、アカネズミやヒメネズミをはじめ、ハタネズミ、トウホクヤチネズミ、スミスネズミ等の多くのノネズミ類がこのシャーマン型トラップで捕獲することができます。
シャーマン型トラップ
アカネズミ
ヒメネズミ
◆カワネズミ
カワネズミは日本の固有種で、川で魚や水棲昆虫などを捕食して生活しています。生け捕り罠(カゴトラップ)にイワナやヤマメなどの誘引用の餌を入れて設置します。
カゴトラップ
カワネズミ
◆トガリネズミ類・ヒミズ等
トガリネズミやジネズミ、ヒミズ等のジャンプ力の弱い種を捕獲対象とする際には、ピットフォールトラップ(落とし穴)を使用します。口径20cm程度のバケツを地中に埋設し、地表面で活動する生きものを捕獲する方法です。
ヒミズ捕獲状況
◆モグラ類
地中性のモグラ類を捕獲対象とする際には、モールトラップを使用します。モグラ塚周辺の、頻繁に利用していると思われるトンネル内に埋設し、通過しようとした個体を捕獲します。調査では、トラップを設置するトンネル選びが重要です。
モールトラップ
●自動撮影調査法
夜行性の哺乳類は目視による確認が困難な場合があります。その際には、動物が頻繁に往来していると考えられる「けもの道」や「林道」、「小径」にセンサーカメラを設置して、自動撮影調査を行います。
自動撮影装置
ムササビ
タヌキ
●巣箱・樹洞調査
ヤマネやモモンガ、ムササビ、コウモリ類のように樹洞を巣として利用する種を対象とした調査では、設置した巣箱を見回る巣箱調査や、樹洞内を直接確認する樹洞調査が有効です。樹洞調査では、白色LED内臓の小型CCDカメラを竿の先に装着し、高所にある樹洞内の様子を録画します。
樹洞調査用CCD
●コウモリ調査
コウモリ類の多くは超音波を発し、エコーロケーション(反響定位)を利用して飛行します。コウモリの夜間調査では、その超音波を人の耳で聴こえる可聴音に変換するバットディテクターを使用します。必要に応じてカスミ網やハープトラップを用いた捕獲調査も行います。
バットディテクター
ハープトラップ
両生類・爬虫類
●直接観察法
両生類・爬虫類は生息環境が限られており、行動範囲も広くないため、実個体の目視確認が比較的容易です。調査範囲内を踏査し、目視や鳴き声による確認、タモ網などによる捕獲で生息状況を把握します。特に、両生類については、各種の繁殖時期を考慮した繁殖状況調査(主に卵や鳴き声の確認)を行います。
アズマヒキガエルと卵
モリアオガエル
シロマダラ
ヤマカガシ
ニホントカゲ
●カメトラップ
本州ではニホンイシガメ、クサガメ、ミシシッピアカミミガメなどが見られます。このうち、日本の在来種はニホンイシガメのみで、クサガメは江戸時代の移入種であることが近年明らかになりました。嗅覚が鋭いカメは、魚肉などの餌を入れたトラップ(カゴ罠)で捕獲できます。
クサガメ
希少猛禽類
●希少猛禽類とは?
猛禽類とは、獲物を捕らえるためにその体を進化させた鳥の仲間をいいます。よく見える目と鋭いくちばし、強くて丈夫な脚を持ち、主に昼間に行動するタカの仲間と、主に夜に行動するフクロウの仲間に分けられます。自然環境調査では、タカの仲間(イヌワシ、クマタカなど)を希少猛禽類として調査対象にしています。
猛禽類は食物連鎖の頂点に位置するため、生息にはさまざまな生物を有する健全な生態系が必要です。そのため、猛禽類を保護することは、その地域の生物多様性や自然環境の豊かさを守ることでもあります。
◆猛禽の保護と調査
猛禽類の保護対策は大きく「個体の保護」「生息環境の保全」「保護増殖事業」の3つに分けられ、猛禽類の保護を目的とした法制度もあります。いずれの対策も、前提として猛禽類の生息状況を把握する必要があります。
●行動圏調査
行動圏調査では、調査地域を眺望できる見通しの良い場所を調査地点として、複数の地点に調査員を配置し、出現する猛禽類を追跡します。行動圏が広い猛禽類は発見が困難な場合があり、また観察内容を記録する際には求愛・探餌・警戒といった行動内容の理解が不可欠です。このため、調査にはある程度の経験が必要となります。
◆可視領域図の作成
GISを用い可視領域を作成します。可視領域図は調査地点の視野の確認や、調査地点を選定する際の効率化にも役立ちます。また、可視、不可視領域を示す事により、飛翔位置記録の精度が向上します。
斜面の可視領域
斜面および上空の可視領域
◆撮影機材・調査状況
一眼レフカメラ
ビデオスコープ
調査の様子
◆個体識別
猛禽類は、複数のつがいの生活圏が重複している場合があります。羽の欠損の様子や色、模様などの特徴から個体を識別し、どの個体がいつ、どのような行動をしているのかを把握することによって、意味のあるデータを積み重ねていくことができます。超望遠レンズを装着した一眼レフカメラやコリメート法(望遠鏡にカメラを当てて撮影する方法)で個体を撮影することにより、詳細な個体識別を可能にし、調査精度を確保します。
-
欠損から個体を識別
◆猛禽類飛翔図
確認された猛禽類の飛翔コースや、採餌、繁殖行動などを行った位置を、記号を用いて地図上に示します。蓄積されたデータから猛禽の巣の位置や繁殖の状況を推測することができます。GISに対応した飛翔図の作成も可能です。
猛禽類飛翔図
●行動圏解析
猛禽類は個体やつがいごとに行動圏(なわばり)を持っています。そして、各個体やつがいの生息状況を把握するには、なわばりがどのように利用されているかを把握する必要があります。猛禽類は、繁殖期・非繁殖期で行動圏が変化し、また狩りや休息などの行動内容によって、利用場所やその利用頻度が異なります。特に、営巣地や狩場の位置は重要な情報となります。
◆メッシュ解析
メッシュ解析では猛禽類の行動圏をわりだし、営巣中心域や高利用域を把握します。
-
行動圏
●繁殖状況調査・人工巣設置調査
猛禽類の営巣地を確認した際には、無人撮影などによって繁殖状況の把握に努めます。また、何らかの理由で営巣地が消失する場合には、代替措置として人工巣を設置する場合もあります。
-
人工巣設置のための木登り状況
鳥類
●ラインセンサス法(ルートセンサス法)
調査範囲内の鳥類相と生息密度を把握するための調査です。あらかじめ設定したルート上を時速1~2km程度で歩行し、目視や鳴き声によって確認された鳥類を記録します。また、観察距離を定めて個体数を記録することで、定量的な評価が可能となります。洋上で、船舶からの調査を実施する場合もあります。
出現した種を記録
カシラダカ
ヒガラ
●定点観察法
見晴らしの良い場所に設定した定点に、一定時間留まり、出現した鳥類の種類や個体数等を記録します。異なる環境に定点を配置することで、各環境における鳥類の利用状況を比較することができます。猛禽類調査や水鳥調査、渡り調査にもよく用いられる手法です。ラインセンサス法と同様に、観察距離を定めて個体数を記録することで、定量的な評価も可能となります。
コアオアシシギ
オオヒシクイ
●渡り鳥調査
鳥類の渡りの時期やルートの特定を目的とした調査です。主に春季、秋季の日中または夜間に定点観測を行い、渡り途中の鳥類の個体数、飛翔コース、飛翔高度などを記録します。
マガン
渡り鳥の飛来地
昆虫類
●任意採集
調査対象地域を踏査し、様々な方法で昆虫類を採集します。以下にご紹介する採集方法のほかにも、石下に潜んでいる種を採集する石おこし法、朽木に潜んでいる種を採集する朽木こわし法など多様な手法があります。
◆ビーティング法
木の枝や葉を棒で叩き、樹上に生息している種をマットや傘に落下させて採集する方法です。
ビーティング法
ルリハムシ
◆スウィーピング法
草原などに生息している種を捕虫網で草ごとすくい採る方法です。
スウィーピング法
ヒロバネヒナバッタ
●トラップ法
昆虫類の習性を利用し、おびきよせて採集する方法です。仕掛けるトラップの種類によって、採集できる分類群が異なるため、組み合わせることによりさまざまな種を確認することができます。
◆ベイトトラップ法
昆虫類を餌により誘引して採集する方法です。写真は、地表徘徊性昆虫類を対象としたピットフォール式トラップです。
ベイトトラップ(ピットフォール)
ホソアカガネオサムシ
◆ライトトラップ法
夜間、灯火に飛来する性質を持つ昆虫類を対象として、蛍光灯やブラックライト(紫外線灯)で誘引する方法です。当社では2つの方式を採用しており、「カーテン式」は白布に光を照射するもので、多くの種を確認するのに適しています。「ボックス式」は自動的に昆虫類を採集するもので、定量的な調査に向いています。
ライトトラップ(カーテン式)
ライトトラップ(ボックス式)
魚類
●魚類の調査法
魚類にはさまざまな調査方法があります。実際の調査においては、以下にあげた方法の中から調査地点の環境に応じた効果的な手法を選択します。確認された種は個体数の記録や体長の計測、写真撮影等を行い、必要に応じてホルマリンを用いた液浸標本を作製します。(※調査は各都道府県の特別採捕許可を得てから実施します)
●直接捕獲
調査地点の環境や魚類の生態などに応じて、投網やタモ網といった漁具の中から生息種の捕獲に適したものを選択します。
- ○投網 ………………… 水深が浅く、開けた環境で用います。
- ○サデ網、タモ網 …… 岸際の植物帯周辺や、礫下に潜む魚類の採集に用います。
- ○地曳網 ……………… 河口域や干潟などで、底生魚や幼魚を捕獲する際に効果的です。
- ○エレクトロフィッシャー(電撃捕漁器) …… 水中に電流を流し、気絶した魚を手網で掬い上げます。
投網
タモ網
サデ網
地曳網
エレクトロフィッシャー
●トラップを用いた捕獲
直接捕獲が困難な場所では、トラップを用いた捕獲も併せて実施します。一晩設置するトラップは、夜行性の大型魚類の確認にも効果的です。
- ○定置網 ……… 開口部を下流に向けて一晩設置します。
- ○刺網 ………… 流れの緩やかな場所に一晩設置します。
- ○はえなわ …… ミミズ等を餌とした鈎を10本ほど付けて一晩設置します。
- ○セルびん …… 釣り用の練り餌を入れて1時間程度設置します。
定置網
刺網
はえなわ
セルびん
●その他の調査方法
目視や動画撮影によって、魚類を確認することもできます。
- ○潜水観察 ……… シュノーケル、ウエットスーツ等を着用して潜水し、魚類の生息確認を行います。
- ○ビデオ撮影 …… 魚道等において、ビデオカメラを用いた魚類の確認を行います。
●計測・写真撮影
捕獲した魚類は種ごとに全体長、重量等の計測や写真撮影を行います。作業後、魚類は再放流を基本としますが、必要に応じてホルマリン固定標本を作製します。
捕獲した魚類
水槽撮影写真
底生動物
底生動物とは?
川や池の底に住む小さな水生生物のことを底生動物と呼び、カゲロウやカワゲラ、トビケラ、ユスリカといった水生昆虫の幼虫や、ミミズ、プラナリア、エビ、カニ、貝類などがこれに含まれます。数ミリから数センチと小さな底生動物は環境の変化の影響を受けやすく、水の温度や流れの速さ、水底の泥の汚れ具合などによって生息する種類が変わります。そのため、その水域の環境を評価するための「指標生物」としても注目されています。
定量採集法
膝程度までの水深の瀬で、コドラート付きサーバーネット(目合0.5mm程度)を用いて、一定面積内の底生動物を採集します。また、水深の深い湖などでは、エクマンバージ型採泥器を用いる場合もあります。採集面積を一定にすることで、環境や季節ごとの定量的な比較が可能となります。コドラートには25cm×25cmや50cm×50cmの規格があり、調査環境や調査目的に適したものを選びます。
コドラート付きサーバーネット
定量採集状況
定性採集法
調査範囲内の様々な環境において、Dフレームネット等を用いた採集を行います。採集量を制限せず、植物帯や飛沫帯といった異なる環境で採集を行うことで、調査範囲内の底生動物相を把握します。
-
定性採集状況
トワダカワゲラ
陸産貝類
陸産貝類とは?
一般的に軟体動物門腹足綱に属する巻貝のうち、陸上に生息する巻貝の仲間をカタツムリ(デンデンムシ)、カタツムリの貝殻が退化したものをナメクジと呼ばれていますが、このカタツムリとナメクジを併せて陸産貝類といいます。 陸産貝類は移動能力が低いため、地域によって独自の進化を遂げ、多様な種に分かれやすいという特徴があります。このため、小笠原諸島や沖縄諸島等では多くの固有種が生息し、本州等でも特定の石灰岩地に生息する種がみられます。また、広葉樹林や針葉樹林、人工地等で生息する種が変化するため、陸産貝類の種類数は、環境の多様性の目安となります。
直接採取法
倒木下、落葉下などの湿った場所を熊手などで掘り返し、石や落ち葉などの表面に付着した貝類を採集します。このほか、樹幹上や草本類の葉上、コンクリート壁面上から採集する事もあります。
土壌採取法
林床に堆積した落葉や土壌中に生息する微細な貝(数mm程度)を採集するため、現地で土壌や落葉を採集し、室内で篩にかけた後、土壌中から貝類を取り出す方法です。
採取状況
オウウケマイマイ
クリイロベッコウ
ヒダリマキゴマガイ
ムツヒダリマキマイマイ
付着藻類
付着藻類とは?
川底の石や水草の表面にくっついている藻類(珪藻、藍藻、緑藻など)を総称して付着藻類と呼びます。付着藻類がついた石はぬるぬるしていることから、石垢とも呼ばれています。底生動物とおなじく、水域での指標生物として、出現した種から水質の汚れ具合を判定することができます。
定量採集法
河床から採集した礫の上面のなるべく平らな部分に5cm×5cmのコドラートを設定し、コドラート内の付着藻類をブラシではぎ取ります。通常、5個以上の礫からの採集を行います。採集量を一定にすることで、環境や季節ごとの定量的な比較が可能となります。
付着藻類採集道具
定量採集状況
任意観察法
調査範囲内の水域を踏査し、比較的大型の付着藻類の目視確認を行います。
箱メガネによる観察
カワモズク属
植物
植物相調査
調査地域周辺を踏査し、生育している植物種を記録することにより、植物の種構成(フロラ)を明らかにする方法です。主に、シダ植物以上の維管束植物を対象とします。
マキノスミレ
フクジュソウ
オオイヌノフグリ
オオタカネバラ
植物相調査
植物群落調査
植物はある場所で単独で生育していることは少なく、ふつうは似た環境を好む複数の種が集まって「植物群落」を形成しています。植物群落は、その環境に特徴的な植物種の組み合わせによって、他の群落と区分することができます。
植物群落調査では、主に植物社会学的な調査方法(Braun-Blanquet法)に従って調査を行います。植物群落を分布などの水平方向の情報だけでなく、群落構造(高木層、低木層、草本層)や種構成、各種の生育量(被度で表します)、生え方(群度で表します)などの情報も取得します。
植生調査
ススキ群落
植生図
調査結果をもとに、地図上に植物群落の分布を表示した植生図を作成します。
植生図
GoogleEarthへの重ね合わせ
植生断面図
群落内の植物の階層構造を模式的に示した断面図を作成します。
植生断面図:低木・草本層
植生断面図:高木層
土壌生物
土壌生物とは?
土壌に生息する生物の総称で、体長0.01mm程の原生動物や、ダニ、トビムシ、ワラジムシ、ミミズ、ムカデなどが含まれます。これらの多くは土壌中の有機物の分解者として大きな役割を担っています。
クマムシ
センチュウ
ハンドソーティング
採取した土壌を目合の異なる複数のふるいにかけ、土壌生物を選り分ける方法です。ヤスデ類やワラジムシ類など、比較的大型の種が対象となります。