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日本産Microvelia (Pacificovelia) について

2025年3月3日
文:動物調査室 相蘇 巧

Microvelia (Pacificovelia)の整理

Microvelia (Pacificovelia) はカメムシ目カタビロアメンボ科ケシカタビロアメンボ属Microveliaの一亜属です。この亜属は国内からは以下の3種が知られ、いずれの種も腹部背面にはかすり状斑を備える美麗なグループです。

  • カスリケシカタビロアメンボ Microvelia kyushuensis Esaki & Miyamoto, 1955
  • モリモトケシカタビロアメンボ Microvelia morimotoi Miyamoto, 1964
  • ミンサーケシカタビロアメンボ Microvelia minsa Aiso & Ishikawa, 2024

この3種はそれぞれ近似しているためか分類に混乱が生じており、出版されている図鑑等でも誤同定が起きている例が散見されます。これらの種について整理した論文が出版されましたので、こちらを要約しておきたいと思います(基本的に無翅型の情報のみになります)。
※出版された論文についてのリンクは引用文献欄参照

亜属の専門的な話

雄のGrasping combが前脚のみにあること、Proctigerが長円形で両側に突起を備えること、雄の交尾鉤 (Paramere) は大きく、若干左右非対称であることなどが本亜属の特徴とされています (Andersen & Weir 2003)。オセアニアで多くの種が記載されています。

各種の紹介

カスリケシカタビロアメンボ Microvelia kyushuensis Esaki & Miyamoto, 1955

■分布:本州(新潟以西)~南西諸島(既知産地:沖縄島、座間味島、宮古島、西表島、与那国島、北大東島)、台湾

体長1.3-1.6 mm程度の種です。和名の通り腹部背面にはカスリ状斑を備え、雄の右交尾鉤は基部近くでほぼ直角に折れ曲がることが特徴です。主に抽水植物が多く生えた薄暗い池沼で見つかります。近年、東日本でも記録が多く出るようになりました。今のところの分布北限は新潟ですが(内田・岩田 2024)、今後東北でも発見されるかもしれません。国外では台湾からも記録されています (Mitamura et al. 2020)。林・宮本(2018)および中島ら(2020)にモリモトケシとして写真が掲載されている個体は触角に立長毛を有することから本種の可能性が高いです(相蘇ら 2025)。

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    カスリケシカタビロアメンボ(クリックで拡大)

モリモトケシカタビロアメンボ Microvelia morimotoi Miyamoto, 1964

■分布:南西諸島(既知産地:沖縄島、宮城島(?)、屋我地島(?)、西表島、与那国島(?)、北大東島(?))

体長1.1-1.3 mmほどの微小な種です。カスリケシに似ますが、より小型であること、触角に立長毛を欠くこと、前胸背に大きな暗色紋を有すること、雄右交尾鉤がゆるやかに湾曲することが特徴です。沖縄島の産地はクロモの繁茂する開けた池です。Miyamoto (1964) によれば西表島の数か所の水田から採集されていますが、残念ながら現在当該の産地では発見できなくなっています。過去の記録についても西表島以外はカスリケシとの誤同定である可能性があり、現状確実な産地は沖縄島の一か所のみです(相蘇ら 2025)。知らず知らずのうちに減少している種の可能性もあることから、過去の記録の再検討と生息地把握が急務と考えられます。

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    モリモトケシカタビロアメンボ(クリックで拡大)

ミンサーケシカタビロアメンボ Microvelia minsa Aiso & Ishikawa, 2024

■分布:南西諸島(既知産地:石垣島、西表島、与那国島)

1.6-2.0 mm程度で、他2種と比較すると大型です。カスリケシに似ますが、より大型で細長い体形をしていること、雄右交尾鉤の先端が顕著にねじれることが特徴です。河川の淀みやポットホール等で見つかる流水性種です。現状では八重山諸島の固有種と考えられています。本種は以前より八重山諸島でその存在が噂されていた「カスリケシより大きな何者か」の正体です。学名・和名は分布域である八重山諸島の伝統的な織物「ミンサー」に本種の背面の模様が似ていることに由来します。林・宮本(2018)にカスリケシとして写真が掲載されている個体は本種です(Aiso & Ishikawa, 2024)。

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    ミンサーケシカタビロアメンボ(クリックで拡大)

日本産Microvelia (Pacificovelia) 検索表

下図含め参考程度にご利用ください。※画像はクリックで拡大します。

1. 体長は1.4 mm以下。触角には立長毛はない。雄右交尾鉤はゆるやかに湾曲する →モリモトケシカタビロアメンボ
体長は1.3 mm以上。触角には立長毛を備える。雄右交尾鉤はほぼ直角に湾曲するか、ゆるやかに湾曲する場合、先端が顕著に捻じれる →2
2. 体長1.3-1.6 mmで体長は体幅の約2.0~2.2倍。雄右交尾鉤は基部付近でほぼ直角に湾曲する →カスリケシカタビロアメンボ
体長1.6-2.0 mmで体長は体幅の約2.5倍。雄右交尾鉤はゆるやかに湾曲し、先端は顕著にねじれる →ミンサーケシカタビロアメンボ
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    触角と交尾鉤

各種の雄右交尾鉤画像
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    カスリケシ右交尾鉤

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    モリモトケシ右交尾鉤

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    ミンサーケシ右交尾鉤

  • 【引用文献】
  • ■Andersen, N.M. & Weir, T.A., 2003. The genus Microvelia Westwood in Australia (Hemiptera: Heteroptera: Veliidae). Invertebrate Systematics, 17: 261-348. https://doi.org/10.1071/IS02001
  • ■Aiso, T. & T. Ishikawa, 2024. A new species of the small water strider genus Microvelia (Hemiptera: Heteroptera: Veliidae) from the Ryukyus, Japan, with notes on the distribution of M. kyushuensis. Zootaxa, 5468: 350-360.https://doi.org/10.11646/zootaxa.5468.2.6
  • ■相蘇巧・加藤雅也・三田村敏正, 2025. 琉球列島におけるモリモトケシカタビロアメンボとカスリケシカタビロアメンボ (カメムシ目カタビロアメンボ科) の分布新記録. Fauna Ryukyuana, 71: 15-19. http://hdl.handle.net/20.500.12000/0002021014
  • ■林正美・宮本正一, 2018. カタビロアメンボ科 Veliidae. 川合禎次・谷田一三 (共編), 日本産水生昆虫 科・属・種への検索 (第二版). Pp. 380-392. 東海大学出版, 秦野.
  • ■Mitamura, T., Hirasawa, K., Yoshii, S. & Liu, H.-C, 2020. Additional records of two Microvelia species from Taiwan. Rostria, 65: 91-95.
  • ■Miyamoto, S, 1964. Veliidae of the Ryukyus (Hemiptera, Heteroptera). Kontyu, 32: 137-150.
  • ■中島 淳・林成多・石田和男・北野忠・吉富博之, 2020. 日本の水生昆虫. 文一総合出版, 東京.
  • ■内田大貴・岩田泰幸, 2024. カスリケシカタビロアメンボ(カメムシ目,カタビロアメンボ科)の北限および新潟県初記録. 昆蟲(ニューシリーズ), 27(2): 87-89. https://doi.org/10.20848/kontyu.27.2_87
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