日常のなかで出会う自然
道を歩いていて、鳥の羽根が落ちているのをみかけたことはないでしょうか? 大きな黒い羽根…カラスの羽根はよく目立つので、ご覧になったことのある方は多いと思います。私は鳥の専門家ではありませんが、ちょっとした趣味として鳥の羽根を拾い集めて楽しんでいます。右の写真の、黒っぽいけれども先端が白色(灰色)のものはキジバトの尾羽、小さくてベージュのふちどりがあるのはスズメ、先端に白の斑があるのがムクドリの尾羽、細長い白黒の羽根はハクセキレイです。これらはどれも普段の生活のなかでみつけた羽根になります。市街地で拾えるのはごくあたりまえにいる身近な鳥たちの羽根がほとんどですが、実際に手にとってみると、その構造の不思議さ、機能性、色の美しさなど、初めて気づかされることも多くあり、生きた野鳥を観察するのとはまた違ったおもしろさがあります。
くっつく・温か・きらりと光る
鳥の羽根は六種類にわけられるそうですが、代表的なものは「正羽」と「綿羽」の二種類でしょうか。正羽はしっかりした軸(羽軸)に板状の羽弁がついている、一般的に羽根ときいて思い浮かべるもの(フェザー)で、綿羽は羽軸のない、ふわふわと柔らかなもの(ダウン)になります。鳥の身体のほとんどを覆っているのは正羽で、部位によって、風切羽、尾羽、体羽などにわかれます。
お手もとに鳥の羽根があったら、羽弁をそっと指で引っ張ってみてください。羽弁を構成する羽枝のあいだが引き伸ばされて、隙間が透けてみえると思います。ある程度の力がかかると、ぷちっと剥がれます。剥がれても大丈夫です。上から何度かなでつけるときれいに元に戻ります。羽枝には、鉤のついた「有鉤小羽枝」と鉤のない「弓状小羽枝」があり、これらが絡まりあって一枚の薄いシートのような構造をつくりだしてるため、マジックテープのようにくっついたり剥がれたりを繰り返すことができるのです。そのため、拾った羽根が泥などで汚れてみすぼらしくなっていても、洗剤で洗ってドライヤーで乾かすと意外と良い感じに復活します。鳥類の羽毛は哺乳類の毛とおなじケラチンで出来ていますが、比較的単純な毛と比べて、羽毛にこれだけ複雑な構造があるのは驚きです(ちなみに、爬虫類のうろこもおなじケラチンです)。
このように、羽根にさわってその仕組みを知っていると、電線の上などで鳥がくちばしで羽繕いをしているのをみかけたとき、あの鳥はいまアレをやっているのだな……と、その行動の意味が実感としてよくわかります(羽の乱れをなおす以外にも、身体から分泌した脂をこすりつけて羽を撥水コーティングしていることもあります)。そのほかにも、手にした羽根が風を受けたときの思いがけない強い抵抗、「綿羽」をつかんだときのふんわりとした温かさなど、実際に羽根を手にすることで感じられることはたくさんあります。「翼で空を飛翔する」という、人間にはできない鳥たちの動き、生き方について、想像をめぐらせてみるよい機会になるのではないかと思います。
下の写真は、私が鳥の羽根を拾いはじめるきっかけになった一枚です。青紫色の光沢が特徴的なこちらは、マガモの羽根です。カモ類の次列風切にはこのような「翼鏡(よっきょう)」と呼ばれる大きな斑紋があります。翼鏡はモルフォチョウやカワセミの背中のような構造色のため、光の角度によって色の見え方が変わります。翼をたたんでいるときはよくわかりませんが(腰?のあたりにちらりとのぞいています)、羽を広げるととてもよく目立ち、美しく光ります。この羽根は私のお気に入りの一枚で、趣味のランニング中、歩道に落ちているのをみつけました。
羽根はどこにある?
鳥の羽根は、当然のことながら鳥がたくさん集まっているところ、頻繁に通るところ、長時間留まっているところ(ねぐらの止まり木の下など)に落ちている可能性が高いと思われます。冬に、渡り鳥の飛来地となっている池に行ったときには、一度にマガン、ハクチョウ、オナガガモの羽根を拾うことができました。また、登山にでかけた里山ではトビの体羽を拾い、よい記念になりました。
……とはいえ、実をいえば、私がいちばん多く羽根を拾っているのは「歩道」です。アスファルト上は見通しがよく、羽根が落ちているとすぐに気づくことができるので、意外と狙い目です。ムクドリの羽根は仙台市内の駅前の道で、ハクセキレイの羽根は地下道の階段で拾いました。羽根をみつけるぞ!と意気込んで野山に探しにいくのも楽しいことではありますが、毎日の通勤通学、散歩、ランニングなど、日常生活のなかでほんの少しだけ気を配っておくこと(そして発見したら、人目を気にせずさっと屈んで拾うこと……)が羽根拾いのコツではないかと思います。
※拾った羽根はビニールの袋に入れて、ラベル(種名・拾った場所・日時など)をつけておくと、保管する上でも、コレクションとしても良いです。
トラツグミ
最後に、冬に市街地で拾ったトラツグミの羽根をご紹介します。これも例によってランニング中に、歩道に落ちているのを見つけました。いくらか血で汚れていたので、どうやら猛禽類か何かに捕食された個体の羽根のようでした。トラツグミは夜から早朝にかけて「ヒィー、ヒィー」と、不気味な、とも評されるもの寂しい声で鳴きます。平安時代の源頼政の鵺退治で有名な、妖怪の「鵺」はこのトラツグミの声で鳴くとされていました。羽根を拾ったのは自宅のすぐ近くなのですが、しかし私は姿はもちろん、一度もトラツグミの声をきいたことがありません……。調べてみると、トラツグミの「ヒィー、ヒィー」という声は繁殖期のさえずりで、夏のあいだは山地に生息し、冬になると暖かい低地に移動するそうです。鳥類調査員の話では、庭に残った柿の実などを目当てに民家のほうへやってくることもあるとか。ということは、この羽根の持ち主は冬を越すために山から下りてきて、そこで何者かに捕食されてしまったのでは……と推測されます。羽根という痕跡によってトラツグミがすぐ近くにいるということに初めて気づかされ、近所の林にむける目も少しばかり変わりました。
多くの鳥は夏から秋にかけて羽が生え変わります(「換羽」といいます)。人が外を歩きまわるのにもよい季節です。いつも通っているような道でも、思いがけずめずらしい鳥の羽根が拾える可能性はあります。ぜひみなさんも散歩のついでに羽根探しをしてみてください。
- ◇参考文献
- 藤井幹『羽根識別マニュアル』(文一総合出版、2020年)
- 真木広造 大西敏一 五百澤日丸『決定版 日本の野鳥650』(平凡社、2014年)