テクニカルノート

震災から5年…(2)防潮林

文:佐竹 一秀 2016年5月1日
(WEB公開:2021年9月24日)

失われた海岸林
壊れた防潮堤と堀込まれた後背地(2011.5.5)

壊れた防潮堤と
堀込まれた後背地(2011.5.5)

前回に引き続き震災後5年後の状況です。今回は防潮堤と防潮林についての話です。

右の写真は震災後2か月ほど経過した仙台空港東側の状況です。破壊された防潮堤と、防潮堤にぶつかり跳ね上がった津波が、防潮堤の後背地を掘り込んで、水路のようなものができており、所々に水が溜まっていました。左側にはなぎ倒された防潮林があり、ほとんどのマツは倒伏し、枯れて茶色になっていました。

仙台湾岸の防潮林は400年前の伊達正宗の時代に植林されたものです。飛砂、塩害、強風、高潮の影響を軽減することで、後背地の荒廃地(親父ギャグではありません…)は農地になり、実り豊かな場所に変わっていきました。

東日本大震災の津波で影響を被った海岸林は約3,800ha、宮城県での被災面積はその約半分の1,800ha、そのうち流出、倒伏等の壊滅的な被害をうけた面積は750haになります。

防潮林再生の試み

名取市の海岸林は100ha程度あり、ほぼ壊滅状態でした。名取市の防潮林の再生には公益財団法人「オイスカ」(東京)と「海岸林再生の会」(地元の被災農家の方々)が中心になり「海岸林再生プロジェクト」を立ち上げ活動しています。プロジェクトでは東京オリンピックの開催される2020年までに約50万本の「育苗」と「植栽」を行う事を目標の一つにしています。「育苗」が入っているのは、宮城県内には育苗農家がもともと少なく、防潮林を復活させるための苗木が全く足りません。そこで、自前で種を蒔き、苗に育てるところから始めざるをえなかったのです。

地元の被災農家の方々はコマツナなどを主に作っており、当たり前ですが野菜作りは得意です。その方々が育苗家の指導を受けて、マツの苗木作りを始めたので、余り難しい事ではなかったようです。ただ、50万本は簡単な数ではありません。

もしひとりでやれば40年以上かかる事業
完成した高さ7.2mの防潮堤(2013.9.23)

完成した高さ7.2mの防潮堤(2013.9.23)

例えが良いかどうかは別にして、東北自動車道に1m間隔でマツの苗木を植えたとすると、1m×500,000本÷1,000=500kmです。仙台宮城インターから南下し、埼玉県の久喜白岡ジャンクションで圏央道に、海老名ジャンクションで東名に乗り換え、静岡県の清水市の手前、富士川を越えたあたりまでになります。

また、一本当たりの植えつけ時間(苗を運んで穴を掘り、植えつけ、土をかける)を10分とすると、単純計算でも10分×500,000本÷60÷8(8時間労働)÷240日(土日は休みたい)=43年間となります。もしひとりで行ったとすると、大学卒業後(22歳)から定年(65歳)まで植え続けて、何とか完了させる事ができます。そう考えると膨大な量です。これをボランティアの方々の手も借りて、2020年までに植栽しようと頑張っています。

仙台空港東側の防潮堤、防潮林の状況

被災後の防潮堤と防潮林の写真を、以下、時系列に示しました。普段、鳥を見に行っている名取市閖上地区の広浦南東側の写真を中心にまとめてあります。他の地域、例えば仙台空港東側や井戸浦地区とは工事の進捗状況等は違っています。また、工事最盛期には、近くで鳥を見ていただけで警備員さんに注意されました(日曜日はほぼ工事は行われず、警備員さんもいないので、そこが狙い目…)。

●震災2か月後、7か月後
  • 写真-1 2011年5月5日(津波により壊された防潮堤)

    写真-1 2011年5月5日
    (津波により壊された防潮堤)

  • 写真-2 2011年11月13日(倒壊したマツ林の除去)

    写真-2 2011年11月13日
    (倒壊したマツ林の除去)

写真-1は震災2か月後の状況で、まだ手つかずでした。その年の秋には倒伏したマツの重機による撤去が始まり、一ヵ所に集められました(写真-2)。広浦の東側の防潮林だけで、目測ですが長さ200m×高さ5m×幅5mに盛り上げられた倒木の山が2列できていました。

●2012年~2013年 防潮堤の完成まで
  • 写真-3 2012年5月5日(手つかずの防潮堤の残骸)

    写真-3 2012年5月5日
    (手つかずの防潮堤の残骸)

  • 写真-4 2012年11月16日(防潮堤築堤工事中)

    写真-4 2012年11月16日
    (防潮堤築堤工事中)

  • 写真-5 2013年3月10日(築堤工事用の道路、築堤工事)

    写真-5 2013年3月10日
    (築堤工事用の道路、築堤工事)

  • 写真-6 2013年4月28日(仙台空港東側は堤築完了)

    写真-6 2013年4月28日
    (仙台空港東側は堤築完了)

海側の防潮堤は翌年(2012)の春はまだ手つかずでしたが(写真-3)、秋には工事が行われ、重機やダンプが動き回っていました(写真-4)。防潮堤工事用の道路もしっかりと作られていました(写真-5)。2年後(2013年)の春には、仙台空港東側の防潮堤の築堤は完了し、その手前には防潮林を植栽するための盛土や防風柵も設置され始めていました(写真-6)。

  • 写真-7 2013年5月5日(奇跡の三本松)

    写真-7 2013年5月5日
    (奇跡の三本松)

  • 写真-8 2013年6月22日(広浦東側の築堤工事)

    写真-8 2013年6月22日
    (広浦東側の築堤工事)

  • 写真-9 2013年6月22日(防潮林用地盛土、防風柵設置)

    写真-9 2013年6月22日
    (防潮林用地盛土、防風柵設置)

  • 写真-10 2013年6月22日(残存したマツの稚樹等)

    写真-10 2013年6月22日
    (残存したマツの稚樹等)

写真-7は以前ニュースレターで紹介した「奇跡の三本松」です(私が勝手に命名しました)。周辺のマツは撤去され盛土されてしまいましたが、この3本だけが残され、2016年時点でも現存しています。残した方が良いとの考えがあったのでしょうか…。うまいこと盛土区画から外されています。築堤工事は急ピッチで進められており(写真-8)、また防潮林のための盛土や防風柵の設置も順次行われていました(写真-9)。そのような中ですが、まだ盛土の行なわれていない北側の残存地には、マツの稚樹もしっかりと生育しており、これらの残存地をうまく活用できるのではとも考えていました(写真-10)。そして高さ7.2mの防潮堤が2013年秋には完成しました。

  • 写真-11 2013年9月29日(完成した防潮堤)

    写真-11 2013年9月29日
    (完成した防潮堤)

  • 写真-12 2013年9月29日(防風柵と木材チップ)

    写真-12 2013年9月29日
    (防風柵と木材チップ)

震災から2年半、人間の力は凄いです(写真-11)。防潮堤が完成したので、あとは防潮林の再生です。風から植栽したマツを守るための防風柵が設置され、そして乾燥を抑えるための木材チップが撒かれています(写真-12)。

●2014年~2016年 クロマツの植栽
  • 写真-13 2014年9月23日(クロマツ植栽:当年)

    写真-13 2014年9月23日
    (クロマツ植栽:当年)

  • 写真-14 2014年9月23日(防潮堤完成1年後)

    写真-14 2014年9月23日
    (防潮堤完成1年後)

そして2014年春から植栽が始まりました。植栽後の状況は2014年秋(写真-13)、2015年秋(写真-15)、2016年春(写真-18)と順調に育っているようです。広浦の湿地に隣接する場所にも、植樹用の盛土がおこなわれており(写真-17)、今後の植栽を持っています。

  • 写真-15 2015年9月20日(クロマツ植栽:翌年)

    写真-15 2015年9月20日
    (クロマツ植栽:翌年)

  • 写真-16 2016年3月27日(防潮堤作業道)

    写真-16 2016年3月27日
    (防潮堤作業道)

  • 写真-17 2016年3月27日(ヨシ原に隣接した防潮林盛土)

    写真-17 2016年3月27日
    (ヨシ原に隣接した防潮林盛土)

  • 写真-18 2016年3月27日(2014年植栽のクロマツ)

    写真-18 2016年3月27日
    (三本松と、2014年植栽のクロマツ)

防潮堤をとりまく環境

防潮堤は震災後2年半という短期間で築堤が完成しました。生物的には海岸エコトーンが人工物で分断されてしまい、あまり良い状況とは言えません。とはいえ、2015年秋には海側に海浜植生が回復し始めていました。北側にはハマボウフウの保全に取り組んでいる場所もあり、ハマボウフウを含めた海浜植生の回復には期待したいところです。

防潮林については、植栽が始まり、しっかりと育っているようです。また、被災した地元農家の方々が育苗から始めたことは、素晴らしい取り組みと評価されると思います。

ただ、気になる点もありました。倒木の撤去後には少しですが緑も残り、津波に耐えた生き残ったマツの稚樹もありました(写真-9)。これらの残存地には埋土種子を含んだ土壌も残ったと思いますが、どこかで利用されたのでしょうか。倒木を重機で片付け、整地、その上に3mの盛土、そして植栽。防潮林の早期復活のためにはこの手しかないのかもしれません。残存地からのマツを苗木にすることや、表土を利用する事は手間ですし、防潮林の復活も遅れてしまいます。しかし、せめて数カ所に表土を取り置くことで、そこから植物が繁茂し周辺に広がれば、多少なりとも植生の回復に効果があると思います。0からはじめるよりは、せっかく伊達正宗の時代から引き継がれた防潮林内の表土やそこに生育していた植物、埋土種子がありますので、それを利用しない手はないと思います。なお、名取の防潮林植栽予定地の全てを見たわけではありません。残存地、あるいはその表土を利用した場所がどこかに残っていればよいのですが…。

※本記事は、NPO法人環境生態工学研究所発行のニュースレターに寄稿したものです。
※WEB用に多少表記を変えております。また、日付はニュースレターの発行日になります。


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