モズの縄張りづくり
どこまでも青く、そして高く澄みきった空。「キィー キィー キチキチキチ」と甲高い鳥の声が聞こえます。モズです。「モズの高鳴き」と呼ばれる声です。秋になると雄雌ともに高鳴きをしながら、単独で餌場確保のための縄張りをつくります。その年の繁殖期、つがいだった相手に対しても、縄張りを主張し排斥を行うようです。よく通る声ですが、けっして美声とは言えません。テレビドラマなどでは、胸騒ぎを覚えるような場面でよく使われるように思います。そして秋も深まる頃、縄張りが確定し、高鳴きも聞かれなくなり、静かに単独で冬越しをします。モズの声を題材にしたことわざに「モズの高鳴き七十五日」といものがあります。これはモズの高鳴きが初めて聞かれてから75日目に霜が降りるという、信濃地方での言い伝えです。他にもモズの高鳴きは晴天の兆し(千葉・富山他)、モズの高鳴きは七十五日の上天気(広島)、モズが鳴き始めると風が吹かない(愛知、奈良他)、モズが早く鳴けば寒さも早くくる(滋賀、大分)等々、各地に俗信が残っています。モズは身近な鳥ということができます。
モズ
はやにえとは?
先のとがった枝や有刺鉄線にバッタやカエル、時には小鳥やネズミなどが刺された状態で見られることがあります。これはモズの「はやにえ」と呼ばれているものです。残酷な状態ですが、秋によく見られます。なぜこのようなことが行われるのでしょうか。諸説あるようですがはっきりしていません。モズは「小さな猛禽」と言われるように、鋭い嘴をもっていて、この嘴で獲物をしとめちぎって食べます。ただ、足は細くて獲物をしっかりと押さえられません。足でつかむ代わりに、枝や有刺鉄線に刺すことで固定され、食べやすくなるのではと思います。食事中に人間や外敵が現れ、刺したままで逃避し、その後忘れてしまい、串刺し状態の「はやにえ」だけが残ることはありそうです。あるいは、餌の少なくなる冬に備えて、天日干しの干物にし、保存食とする。人間界でもありますね。冬に「はやにえ」を食べている姿が目撃されることもありますので、保存食という考え方も間違いではないようです。ただ、外に干されたものはかなりカチカチですので、食べるのにも一苦労ではないでしょうか。
はやにえ:ハナバチ類
はやにえの準備は繁殖のため?
私なら少しだけあぶって、さっと油をかけ、マヨネーズに七味をふりかけたものをチョッとつけて、熱燗と一緒にいただきたいものです(昆虫やトカゲは嫌ですが…)。縄張りの境界線の目印として、はやにえにするのでは、との話もあります。秋冬は雄雌関係なく縄張りを持って暮らしていますので、ありのようにも思います。ただ、餌の少ない冬場に餌をぶら下げれば、それを食べに集まってきてしまうのではと心配になります。また、モズでは繁殖の主導権はメスが握っています。オスの縄張りを訪れ、気に入ればよいのですが、気に入らなければ次のオスの縄張りに入っていきます。この時、気に入った縄張りの「はやにえ」をメスが食べることから、結婚の約束、結納品の役割をしている、と考え方をしている人もいます。最近本物は使われていないようですが、結納品の中には「のしアワビ、スルメイカ、コンブ、カツオブシ」などの干物がありますよね。観察結果や研究成果、そして私の妄想も入れ込んで考えてみましたが、なかなか結論が出ません。モズに言わせると「そうしたいから、そうする。本能です!」で片づけられてしまいそうですが…。
ちょっとかわいそうなモズの「悪評」
モズを漢字で書くと「百舌鳥」あるいは「百舌」と書きます。モズは百の舌を持つ鳥です。インコや九官鳥と同じように、鳴きまねをよくします。ウグイス、ホオジロ、メジロ、オオヨシキリなどの鳥が対象ですが、時にはツクツクボウシや猫の声もまねするようです。二枚舌の人間は政治家さんも時々見聞きしますが、「百舌」ですので、あまり良い漢字(感じ)ではありませんね。
さらにモズを落としめます。「モズの銭勘定」ということわざあります。ある時、モズ、シギ、ハトが料理屋でご馳走を食べ、代金は15文でした。それをハトに8文、シギに7文払わせ、モズは1文も出さなかったそうです。勘定になるとわざともたもたしたり、急にいなくなったりして、ごまかす者を「モズ」と呼ぶようです。可愛い顔をしているモズですが、他の動物を串刺しにして「はやにえ」を作ることが、悪く言われるもとなのでしょうか。なんだか少し可哀そうに思えてきました。
秋風も少し冷たく感じられます。熱燗も美味しい季節になってきました。飲み会も多くなると思いますが、モズやトラにならずにチドリ程度に、心地よく酔いたいものです。
- 【参考文献】
- 国松俊英『鳥のことわざうそほんと』(山と渓谷社、79-84頁、1990年)
- 中村和雄『鳥のはなしⅠ』(技報道出版、142-145頁、1986年)
- 山岸哲『モズの嫁入り-都市公園のモズの生態をさぐる』(大日本図書、1981年)