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コウノトリ舞う里!

2017年6月1日
文:佐竹 一秀
(WEB公開:2024年4月18日)

突然の長期休暇!?

5月1日、ゴールデンウイークのど真ん中、仕事で急遽、群馬に行くことになりました。1時間ほどの打合せ。翌2日を休みにすれば、長期休暇になります。頭は既に連休モード。「そうだ、西に行こう!」自家用車で群馬に行き、そこから関越、上信越、長野、中央、東名、名神、京滋BP、京都縦貫の各高速道路を乗り継ぎ関西、山陰地方へ!

各地にひとつの「城」めぐり

『日本100名城』(公財)日本城郭協会が全国の有名な城を100か所選定しています。スタンプラリーなども行われていて、日本各地の城めぐりを楽しめます。特に城好きではないのですが、始めてしまうとなかなやめられません。全ての都道府県に最低1つは設定されていますので、制覇すると全都道府県に足跡をつけたことになります。ちなみに宮城県では2か所選定されています。どこでしょうか。一つは言わずと知れた仙台城(青葉城)、もう一つは白石城?岩出山城?涌谷城?…。残念!全部はずれです。実は多賀城(多賀柵)です。城と言えば戦国時代のものと思ってしまいますが、他の時代の城も選定されていました。多賀城は奈良時代から平安時代に陸奥国府がおかれ、東北地方の政治、文化、軍事の中心であり、重要な城(施設)となっていたようです。さて、私の100名城めぐりですが、これまでに北海道から中部地方と、九州を回っていましたので、次は中国、四国を考えていました。そこで今回の「そうだ、西に行こう!」です。

  • 天空の城 竹田城跡

    天空の城 竹田城跡

お城のほかにも、もうひとつ…

狙いは中国地方でも山陰側です。群馬からだったら、仙台から行くよりは結構近いのでは…?という、突然&的外れな思いつきでした(結果、あまり近いとは感じられませんでした…)。GW中なので宿がなかなかとれず、出発時には二泊目までしか決まりませんでした。完全に見切り発車です。一泊目は丹波篠山の篠山城近く、二泊目は鳥取城のそばに取りました。とりあえず1日目は篠山城と日本のマチュピチュ、天空の城竹田城を見て、鳥取砂丘の夕日を眺めつつ鳥取市内に行く予定、と家族には話していました。が、実は私にはもう一か所、是非行きたい場所があったのです。それが、タイトルのコウノトリの舞う里、豊岡です。

コウノトリの野生復帰

トキの野生復帰については、ここでも何度か取り上げていましたので、ご存知の方も多いと思います。日本産トキの絶滅、中国産を借りてきての人工繁殖、その後の自然界への放鳥を経て、自然繁殖するところまできています。現時点でトキは196羽が野生下にあり、さらに205羽が佐渡トキ保護センター等の飼育施設にいます。日本全体では約400羽となってなり、だいぶ回復してきました。しかし野生復帰が図られたのはトキだけではありません。コウノトリのほうが少しはやく、そして同じように野生個体の絶滅、人工繁殖、放鳥、そして野生復帰と進んでいます。

  • コウノトリ(コウノトリの郷公園)

    コウノトリ(コウノトリの郷公園)

日本のコウノトリの歴史

コウノトリは江戸時代までは身近な鳥でした。掛け軸や花札に松上の鶴として描かれている鳥は、ツルではなくコウノトリではないかと言われています。日本のコウノトリはほとんどが留鳥ですが、シベリアのアムール川流域のコウノトリは、冬に南に移動することが知られています。そして、日本にも渡ってきていました。環境が良かったのか、日本のコウノトリはそのまま留鳥となり定住したといわれています。シベリアのコウノトリとはルーツが同じですのでDNA型が一緒です。現在も時々ですが、日本に渡ってくるコウノトリもいます。明治以降は餌場の湿地の開発や木材需要の増大により、巣をかけられるような大木が伐採されてしまい、生息・繁殖環境が悪化していきました。さらにはトキの時と同じように、水田での農薬大量散布により餌動物の減少や、餌動物への農薬の蓄積があり、数を減らしていきました。そして1971年に野生のものが絶滅し、飼育されていた最後の個体も1986年に死亡しました。豊岡市が国内最後の生息地でした。

絶滅から自然繁殖に至るまで

絶滅に先立ち、1965年に豊岡市野上にコウノトリ飼育場(現兵庫県立コウノトリの郷公園付属施設保護増殖センター)がつくられ、野生種を捕獲して保護、増殖事業が行われていましたが、失敗の連続で繁殖には至っていませんでした。日本産コウノトリが絶滅した後は中国やロシアから譲り受けた個体を元に人工繁殖が行われ、1988年に多摩動物公園で初めて成功しました。そこからは飼育数も順調に増え、2000年には100羽を超えました。その後、野生復帰訓練や、生息地の湿地整備が進められ、2005年に第一回放鳥で雄2羽と雌3羽の計5羽が豊岡市のコウノトリの郷公園から野生下に放たれました。2007年には放鳥個体同士のペアから雛が生まれ、自然繁殖にも成功しました。2017年5月までの放鳥数は41羽、そのうち死亡7羽、回収され飼育下に戻された個体が7羽、行方不明1羽となっていますので、25羽が現時点で野生下にあります。一方で放鳥個体の自然繁殖により生まれたコウノトリもいて、現時点(2017年5月)で63羽の生存が確認されています。他に千葉県野田市と福井県でも2015、16年に放鳥が行われました。また飼育個体としては、豊岡で95羽、初めて人工繁殖に成功した多摩動物公園では55羽、その他日本各地の動物園等で熱心に飼育、人工繁殖が行われています。

  • コウノトリ抱卵(祥雲寺地区人工巣塔)

    コウノトリ抱卵(祥雲寺地区人工巣塔)

なぜ豊岡?

かつて国内最後生息地であった豊岡、そして現在はコウノトリ舞う豊岡。なぜ豊岡なのでしょうか。豊岡を流れている円山川にそのヒントがありました。円山川は河口から10km遡った場所でもカレイやアジなどの海の魚が釣れるのです。河口部との落差が1m程しかなく、満潮時には海水がかなり内陸まで入り込みます。流れが緩やかなので、上流に雨が降ってもなかなか海に排出されず、溢れてしまいます。そのため、湿地ができやすく、川も淡水と海水がまじりあう汽水域ですので、多様な生物が数多く生息しています。コウノトリの餌となる小魚やカエルが多くいて、コウノトリにとってはとても過ごしやすい場所なのです。

コウノトリの保全で社会も豊かにする
このような地形的な特徴に加えて、豊岡市、兵庫県、あるいは国の行政機関、市民、そして企業や様々な団体がそれぞれの役割を担いながら相互に連携し、野生復帰に関わる多くの事を実施してきました。調査研究や広報活動の中心となるコウノトリの郷公園。水田の自然再生、ビオトープ化、餌動物確保のための水田魚道の設置、冬水たんぼ、各地の湿地の再生等々…。しかしコウノトリの保全だけをやっていたのではなかなかうまくいきません。地元豊岡も豊かになる必要があります。豊岡市では環境を良くする取り組みによって経済効果が生まれ、経済効果が生まれることによってさらに環境を良くする取り組みが活発化する。そんな相乗効果を基本に、環境と経済が共鳴する仕組みや事業を増やしていこうという「豊岡市環境経済戦略」を立て、現在実行中です。一例ですがコウノトリツーリズムというものがあります。コウノトリの絶滅と復活を勉強するために人々が豊岡に集まり、それらの人々は城崎温泉(号泣県議を思い出しますが…)に宿泊、地元のコウノトリを育む農法で作られた米や野菜を食べ、メインディッシュは但馬牛…このような旅行プランも人気のようです。

  • コウノトリ抱卵(祥雲寺地区人工巣塔)

    コウノトリ(コウノトリの郷公園付近)

残念なニュース

この原稿を書いている最中にコウノトリに関する悲しい情報が流れてきました。島根県雲南市で繁殖中のコウノトリがアオサギ害獣駆除のハンターに誤射され、メスが死んでしまいました。残された4羽の雛は捕獲されてコウノトリの郷公園で育てられることになりました。雲南市は豊岡周辺以外では2例目の繁殖成功例、つがいのオスは福井県で放鳥された4羽のうちの1羽でした。コウノトリはどちらかが欠けるまでつがいを維持し繁殖を続けるので、貴重な繁殖地がダメになった可能性があります。4羽の雛の回収については、オス親のみですので、餌を探しに行っている間にカラスやトビに雛が捕食される可能性が高いことから、しかたのない対応と思います。しかし、アオサギの誤射との事ですが、大きさ、色合い等から識別はそんなに難しくなく、ましては猟銃免許を取得しているプロ(ハンター)ですので、何ともやるせない気持ちです。

コウノトリの唯一の欠点(?)

今回は100名城めぐりがメインでしたので、ゆっくりと豊岡を見てまわることはできませんでした。次の機会にはコウノトリの復活、環境の保全活動、そして環境経済戦力をゆっくり、じっくり、そしてしっかりと味わってきたいものです。皆さんも是非行ってみてください。上の写真よりさらに数を増やしたコウノトリが出迎えてくれると思います。(ただ…個人的意見ですがコウノトリは目つきがいまいち、可愛くない…!)

  • 目つき悪いコウノトリ!

    目つき悪いコウノトリ!

  • 【参考文献】
  • 林武雄『帰らぬつばさ ほろびゆくコウノトリの挽歌』(ぎょうせい、1989年)
  • 鷲谷いずみ『コウノトリの贈り物』(地人書館、2007年)
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