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天の虫『おごさま』!

2017年7月1日
文:佐竹 一秀
(WEB公開:2024年4月18日)

おごさま、とは?

「お子様」の間違いではありません。子どもの頃(50年も前ですが…)、確かに「おごさま」という言葉を聞き、それを間近で見ていました。2016年6月上旬、南三陸町のあるお宅に伺って、その言葉に出会い、遠い昔の記憶がよみがえりました。おごさまとは…天の虫と書く「蚕(かいこ)」のことです。カイコを飼って繭を作らせる養蚕です。富岡製糸場が2014年に世界文化遺産に登録されたことで見直されましたが、私のまわりではもうカイコは見られなくなりました。

  • カイコ(4齢幼虫)

    カイコ(4齢幼虫)

養蚕は日本の近代化を牽引し、衰退した

日本での養蚕は昭和の初めころが最も盛んでした。全農家の約40%に当たる221万戸でカイコが飼われていましたし、餌となる桑畑も、全畑地の約25%にのぼる71万haもありました。大正11年には日本の総輸出額の49%が生糸、絹織物となります。外貨獲得のための重要な産業であり、日本の近代化の牽引者でした。その後、都市近郊の宅地化や農業人口の減少、さらに化学繊維の発明、発達により、養蚕農家は急速に減少していきました。かつては世界一位の生産量を誇った日本の繭生産量は、現在では最盛期の1%以下になっています。桑畑についても、養蚕が減れば別の畑に転換され、あるいは放棄されています。

地図から消えた桑畑

地図記号の桑畑をご存知でしょうか。これです。

  • 桑畑

桑畑が多くあった時代に決められたのでしょうが、現在ではどうでしょうか。…と思って調べてみたら、なんと国土地理院の平成25年度版の地図から、桑畑は使われないことになりました。まさに時代の流れです。宮城県内でも同様で、平成27年のデータでは養蚕農家は17戸しかありません。そのうちの一軒が今回お伺いさせていただいた南三陸町の養蚕農家、遠藤さんです。

昆虫ではなく、家畜としてのカイコ

遠藤さんのところでは、年に2回、約10万頭のカイコを飼育し繭を出荷しています。まず気になったのは飼育数もそうですが、数の単位です。普通であれば昆虫の幼虫なので「匹」ですが、養蚕の世界では家畜です。牛や豚と同じように「頭」と数えるのが正解です。飼育時期は餌となる桑の葉のある春から秋にかけて。春、夏、初秋、晩秋、晩々秋の5回、飼育および出荷することができます。ただ、暑い時期に育てると糸が切れやすい、収量が少ない等の問題があるため、遠藤さんは春と晩々秋の2回にしているそうです。特に最近は地球温暖化の影響が出ているとのお話でした。ここでも温暖化…。

カイコの齢の数え方

実際の作業としてはカイコの3齢(さんれい)幼虫を買い入れ、桑の葉を与えて成長させ、蛹(さなぎ)である繭(まゆ)を作らせます。カイコは脱皮を繰り返して大きくなりますが、脱皮の回数をもとに齢数を表します。卵からかえった幼虫が1齢(いちれい)、その後脱皮したものを2齢、次は3齢となります。何齢で蛹になるかは種類によって決まっています。カブトムシなどの甲虫類は3齢が多く、チョウ類では5~6齢が多いようです。カイコの場合は4回脱皮しますので5齢までいきます。卵から孵ったばかりの1齢幼虫は毛蚕(けご)と呼ばれ長さは3mm程度です。その後、倍の6mm程度まで育ち、脱皮して2齢幼虫となります。大きさは2齢が12mm、3齢で27mm、4齢で45mm。最終の5齢では75mmとなり、毛蚕の25倍の長さ、体重はなんと1万倍にもなります。蛹になる前の最終齢数の幼虫を終齢(しゅうれい)幼虫という呼びかたもします。カイコの場合はさらに繭になる直前の状態を熟蚕(じゅくさん)と呼びます。

  • カイコ(5齢(終齢)幼虫)

    カイコ(5齢(終齢)幼虫)

3齢から15日で繭になる

室温25℃の場合、飼育日数は1齢から2齢には3日、2齢から3齢は2~3日、その後は3~4日で4齢、4~5日で5齢、そこから7日で熟蚕になり、その後糸を吐き3日間で繭になります。養蚕農家は3齢から育て、15日程桑を与えて繭を作らせ、汚れ等をチェックして出荷します。ほぼ1ヵ月の作業となります。その間は温度・湿度の管理と餌となる桑を与え続ける必要があり、休みなしです。規定通りの桑の葉を与え、温度管理を行うことで、カイコは均一に育てられます。均一に育てることができれば、作業効率が上がり、上質な繭になります。少子高齢化、核家族化が進む現在ですので人手が少なく、少人数での作業となるので、作業効率UPは必須です。

カイコは大食漢!

遠藤さんのところも夫婦二人での作業です。「可愛いカイコたちなので、手をかけてあげたいのだけれど、時間がなくて手をかけてあげられないのがもどかしい」と奥様は言っていました。餌も回数と桑の量も規定されていて、3齢までは朝夕の2食、4、5齢は私たちとおなじ朝昼夕の3食です。ただ、脱皮時には「眠(みん)」という状態に入り、1日程度動きを止め、桑も食べなくなります。体の大きさに比例して餌の桑を食べますので、齢が進む程、また同じ齢でも日に日に餌の量は増えます。概略的には3齢を1とすると、4齢では5倍、5齢で15倍の量の桑を食べます。遠藤さんの桑畑は約2町歩(2ha)で、年2回カイコを育てます。1回当たり1町歩(1ha)、=10,000㎡ですので、100m×100mの桑畑を15日ほどで食べつくす計算です。カイコも凄いですが、その量の桑を刈り込んで、蚕室まで運びこむ遠藤さんも凄いです。

不思議なカイコの食み音
遠藤さん曰く「人間がいないと何にもできないカイコたちなので、カイコを飼っているはずだが…、カイコたちに飼われているような気がする」とのこと。自分たちの食事もそこそこにカイコに桑の葉をあげているそうです。2回目に訪れた時、カイコは終齢幼虫になり、かなり大きくなっていました。桑も葉も大量に与えられていました。餌の桑は枝ごと与えられ、次々に上に追加されていきます。カイコたちは盛んに食べ、順次上の葉を食べます。先に与えられた桑は枝だけがきれいに残り、まさに芸術品のようにも思えました。静かな養蚕室は、カイコが葉を食べるときの音が聞こえます。言葉ではうまく表現できませんが「シャワッシャワッシャワッシャワッシャワッ…」と聞こえてきます。雨音のようにも聞こえたりして、環境省の「残したい日本の音風景100選」にも推薦したくなるような、なぜか心が穏やかになる音です。もうすぐ熟蚕(じゅくさん)です。

  • 食み音のする養蚕室(5齢(終齢)幼虫)

    食み音のする養蚕室(5齢(終齢)幼虫)

  • カイコに食べられ残った桑の茎と枝

    カイコに食べられ残った桑の茎と枝

熟蚕となったカイコは、3日ほどで繭になります。繭つくりにも、興味深い技術や器具があるようです。遠藤さん宅を再度訪問(4回目)させていただき、お話&写真を次号に「おごさま」Part2として報告いたします。遠藤さん、せっかく養蚕の現場を見聞きさせていただきましたが、うまく表現できずに申し訳ございません。また、お忙しいなか対応いただきありがとうございます。紙面を借りてお詫びとお礼を申し上げます。

  • 【参考文献】
  • 畑中章宏『蚕―絹糸を吐く虫と日本人』(晶文社、2015年)
  • 新開孝『ぜんぶわかる!カイコ』(ポプラ社、2015年)
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