もうすぐ繭作り
前回(天の虫『おごさま』!)の続きです。写真は終齢5齢幼虫の最終期、熟蚕(じゅくさん)です。体長7.5cm、桑の葉を食べ続け、脱皮を繰り返し、丸々と太り、ここまできました。カイコでいられるのもあとわずか、間もなく糸を吐き、繭を作ります。
カイコ(5齢幼虫:熟蚕)
お蚕様
繭を作らせる事、その場所を与えることを上蔟(じょうぞく)と言います。お蚕様ですので、自分で勝手に繭を作るわけではありません。人間が場所(部屋)を与えてあげなければなりません。それも4人部屋や2人部屋ではだめで、個室です。わがままというか、とても手間がかかります。繭を作らせるまでの手順を以下に示しますが、これまで以上に大変です。ですが、人間も色々と工夫し、カイコの持っている性質をうまく利用しています。
いつでも上へ
カイコは常に上へ上へと這い登る性質があります。桑の葉を与える時にも、その性質を利用しています。カイコが食べている桑の葉が少なくなってきたら、その上に新たに桑の枝葉を追加するのです。下の葉を食べつくしたカイコたちは、新たに追加された桑の葉を食べながら自分で上へ登っていきます。そうして脱皮を繰り返し、ここまで育ってきました。そして間もなく熟蚕、最後の桑を与える時、「上蔟ネット」と呼ばれるカイコが通れるほどの穴のあいたネットをかぶせ、その上から新たな枝葉を置きます。カイコたちは常に上を目指しますので、そのネットの目をくぐり、上の枝葉に移ります。それをネットごと持ち上げ、条払機(じょうはらいき)なる機械の上に乗せます。条払機は振動を与えて桑の枝葉からカイコをふるい落とす装置です。桑の枝葉は分離できますが、ちぎれた葉や糞、その他のごみと一緒にカイコが下に落ちます。そこで再び上蔟ネットの出番です。ネットをごみ交じりのカイコの上にかけて、10分程別の作業をします。すると、カイコたちはネットの上に這い上がり、下にはごみが残ります。常に上昇志向のカイコたちです。私も見習わなければ…。
条払機
上蔟ネット上に這い上がるカイコ
専用マンション
次は繭を作らせる場所にカイコを入れる作業です。先ほど話した通り、個室をあてがう必要があります。個室は段ボール製で12×13の仕切りの156室のマンションです。このマンションを蔟(まぶし)と言います。遠藤さんから、息子さんたちが小さい時に作業を手伝わせたところ「カイコはいいなー、部屋があって」と言われたと笑っていました(今では子ども部屋は当たり前なのかもしれませんが、昔は…)。さて、カイコたちにはマンションに入居してもらわないといけませんが、ここでも上昇志向です。12×13の蔟を10cm程の間を空けて10棟並べます。そこにカイコを注ぎこみます。
12×13の蔟(まぶし)へのカイコ投入
一匹ずつ個室に入ってください!
うまい表現が思いつきませんが、上から静かに落とします。そうするとカイコたちが登り始め、個室に入っていきます。ただ、見ているとなかなかうまく入ってくれません。上まで登りつめてしまったもの、壁を伝っていくもの、なかには空き部屋がたくさんあるのに、既にほかのカイコが入っている部屋に無理やり入ろうとするものもいて、大変です。一匹一匹手で移動させるのでは、手間がかかってしかたがありません。どうするか…そうです、またまた上昇志向です。このために開発されたのが回転機(あるいは回転蔟(まぶし))です。
くるくる回して空き部屋へ
段ボール製のマンションを下の写真のようにセットします。写真ではわかりにくいのですが、微妙なバランスで吊られています。カイコたちが途中の小部屋を無視して上へ上へと昇り続けると、上の方が重くなります。そうすると、自然に回転して上下逆になります。再びカイコたちは上を目指します。それを何回か続けているうちに、みんなが個室に入り繭つくりがはじまります。ただ、自動で回転した場合は遠心力が結構あるため、何匹かのカイコは床に落ちてしまいます。2段につるされていますので、1~2m程度の高さ。丸々と太っていることもあり、かなりの衝撃だと思いますが、特に影響ないとのことです。カイコの体長7.5cmを1.7mの人間に置き換えてみると22~45mの高さからの落下、マンションの1階分は3m程度ですので、7~15階から落ちたことになります。人間ではとても生きてはいけません。遠藤さんの奥様も気にしていて、時間の許す限り手動でゆっくりと回転してあげているとのこと。落ちるのは問題ないとはいえ、痛いような気がする…。ましてや手塩にかけて育てた子どもたちですので、気持ちはよくわかります。
回転蔟(まぶし)
カイコの糸は1500mにも
個室に入ったカイコは、足場となる毛羽(けば)で繭室を整えてから糸を吐きます。直径0.02mm、長いものでは1,500mもの糸を吐くといわれています。繭の糸はカイコの体の左右2本の絹糸腺(けんしせん)で作り出され、口の下にある吐糸口(としこう)から吐き出されるときに一本になります。繭を作り始めて2~3日で糸を吐ききり、繭の中ではカイコが最後の脱皮をして蛹(さなぎ)になります。蛹になりたての頃は皮膚が柔らかく傷つきやすいので、動かさないようにしなければいけません。その後、蔟から繭を取り出す収繭(しゅうけん)作業に入ります。まず目視の検査です。目視では繭の薄いもの(下の写真のように窓を背景にしてみると透けて見えます)、あるいは汚れのついたもの、玉繭といって1部屋に2匹のカイコが入り一つの繭を作ったもの等々があり、これらを取り除きます。その後毛羽取り機にかけ、繭の周りの毛羽を取り除き、磨きをかけてやっと商品になり、出荷となります。
目視検査
養蚕業の未来は?
これまで2回にわたって紹介したように、養蚕業は大変です。カイコに桑を与え続ければ、繭になるわけではありません。全てにおいて人間の手を必要とする、とっても手間のかかる仕事です。苦労と気苦労も絶えません。その労力が報われればよいのですが、養蚕農家が減っている事実からして、なかなか厳しいようです。遠藤さんは言っていました。
「(いつまで続けられるかは分からないが)代々続いてきた伝統、文化、そして技術を守っていきたい。それだけの事です」
東日本大震災の時は津波が家屋、作業場に入り込んでしまい、とてもカイコを飼える状況じゃなかったそうです。ただ、翌年には被災した場所で何とか再開させ、現在は近くの高台に母屋、作業場を建て直し、カイコを育て続けています。これからも体の続く限りは飼い続けていきたいとのことでしたが、養蚕農家がいなくなっているので、養蚕用の器具、用具が作られなくなってきています。一例を挙げれば12×13の段ボール製のまぶしも作られておらず、その他の用具等も廃業した養蚕農家さんから譲り受けて何とかやっている状況なのだそうです。確かに需要の少ない売れないものを作る会社はない…。
少し前までは身近にいて、かつ日本人の生活を豊かにしてくれたカイコや養蚕業を紹介することで、今までの恩に報いる予定でした。が、最後は経済最優先の厳しい現状の話で終わってしまいました。伝統・文化・技術を受け継いでいく人々も、そしてカイコたちも「絶滅危惧種」にしない、しっかりとした方策があってもよいと思いますし、切に望みます。
◆お礼&お詫び:見学させていただいた南三陸町の遠藤さん、そして奥様、そして遠藤さんを紹介いただいた南三陸町の山内さん、お忙しいなか大変ありがとうございました。いろいろと教えていただいたにも関わらずうまく表現できず、また聞き違い等もあったと思います。紙面をお借りしてお詫びとお礼を申し上げます。
美しい繭
- 【参考文献】
- 新開孝『ぜんぶわかる!カイコ』(ポプラ社、2015年)