札幌出張、「嵐」で宿とれず
11月中頃に札幌出張があり、仕事にかこつけて、半日鳥見(今風に言うとバードウオッチング)をしてきました。半日とはいっても、前日の酒が残っていて早起きできずに、帰りの飛行機の時間も気になり、2時間程度でしたが…。場所は苫小牧です。札幌泊の予定が「嵐」のコンサートにぶつかり、札幌市内では宿が取れず、しかたなく空港にも近い苫小牧に宿をとりました。
苫小牧といえばウトナイ湖
鳥好きの人であれば苫小牧=ウトナイ湖です。日本で最初のバードサンクチュアリ(野鳥の聖域)がつくられた場所で、ハクチョウやガンカモ類などの水鳥が渡りの途中に立ち寄るところです。この時期、本州にも多くのガンカモ、ハクチョウ類の渡来が伝えられていますが、まだウトナイ湖に残留している個体も多くいて、これからさらに南下して本州各地に分散していきます。当然、伊豆沼や白石川など宮城県内の水辺に渡っていきます。わざわざそれらを見に行くのでは、北海道に来た意味がありません。
日本最大のキツツキ、クマゲラ
そこで森林性の鳥を見に行くことにしました。狙いはひとつ「クマゲラ」です。日本のキツツキの中で最大、カラスを一回り小さくしたくらいの大きさです。ですから結構大きいです。そして何より、私は今までに一度も見たことがありません。北海道の仕事も時々ありましたが、私が行った現場はクマゲラがいそうな環境ではありませんでした。また東北地方の白神山地や森吉山周辺にもいますが、数が少なく、滅多に見ることはできません。北海道に比較的多くいて、秋冬は山から市街地に近い所まで出てくることが知られています。ただ、やはり生き物ですので、かなり運に左右されます。
高岡森林公園へ
クマゲラの生息地として有名なのは、苫小牧の近くでは北海道大学の演習林ですが、少し遠かったので、近くにあった高岡森林公園というところに行ってみました。森林公園ですのでチョッと期待していたのですが…。遊歩道が整備されていて歩きやすいのですが、鳥の声は聞こえず、聞こえる音といえば隣接する緑ヶ丘公園で遊ぶ子供たちの声、それと屋外スケートリンク(さすが北海道)で何かの大会が行われていて、選手紹介のマイクの声、やはり少し遠くても北大演習林、失敗したと思いました。ただ、それから演習林に戻って行くほど時間もなく、まあいいかと(楽天的な性格なもので)歩き始めました。
北海道のゴジュウカラ
少し行くとゴジュウカラの声が聞こえ姿も見えました。「ゴジュウカラ」についてはニュースレター連載50回記念で紹介していましたが、北海道のゴジュウカラはチョッと違います。シロハラゴジュウカラといって、本州にいるものより腹部が白くて、別亜種になっています。ちょろちょろ動き回って見にくいのですが、しばらく観察し、写真も撮れました。
亜種シロハラゴジュウカラ
ついに見たクマゲラ
その時です、遠くの木々の間を黒い大きな鳥が移動するのが見えました。そして幹に止まりました。間違いない、クマゲラ!と思いつつも双眼鏡で確認し、すぐにカメラのシャッターをきりました。しかしすぐに奥に飛び去ってしまいました。一瞬の出来事に呆然、写真は大慌てだったのでピントも合わず、ブレブレのひどい写真がたった1枚。とてもここに掲載できるような写真でありません。まあ、初めて見たのだから、これで良しとしよう!自分を納得させながら先に進みました。
少し行くとシジュウカラの仲間のハジブトガラが現れました。これも北海道でしか見られない鳥ですので、じっくり見ていました。すると後方に気配…。まさかクマゲラ…。3m程の近さに太い落葉樹があり、その裏側に何が潜んでいる。直ぐに、顔を出してくれました。クマゲラです。今度は肉眼でもはっきりと確認でき、しばらく周辺の木々を飛び回り、盛んに幹をつつき餌を探し食べていました。ある本には秋冬は警戒心があまりなく近くで見ることが出来るとも書かれていましたので、まさにその通りでした。さすが北海道!満足、満足の鳥見でした。
クマゲラ(♀)
クマゲラ(♀)
東北地方のクマゲラ
私だけ満足してもしょうがないので、皆さんへもクマゲラのミニ知識のおすそ分けで、東北地方のクマゲラのお話をします。クマゲラは江戸時代以降の文献で仙台や日光、山形などに記録があります。個体確認の記録としては昭和9年(1934年)秋田県の八幡平で2羽が捕獲されました。その頃は、冬に北海道からわたってくる冬鳥と考えられていたようです。その後、昭和40年代から50年代に秋田県森吉山周辺で確認され、昭和53年には初の繁殖も確認されました。また、昭和40年(1965年)には国の天然記念物に指定されています。その後も白神山地や八甲田山、北上高地や和賀岳、焼石岳や栗駒山でも生息や繁殖が確認されています。これらの生息地はブナ林が広がる山地です。特に白神山地は平成5年(1993年)には屋久島とともに日本初の世界自然遺産へ登録され、クマゲラはシンボル的に扱われました。
絶滅が心配されている
ただ、ここにきてクマゲラが厳しい状況に陥っています。5年前の新聞報道ですが、北東北(本州)での推定個体総数は50個体前後、100個体を下回ると個体群の維持が難しくなといわれていまし、北東北のクマゲラを精力的に調査研究している「本州産クマゲラ研究会」によれば、今年(平成25年)の白神山地の調査では個体の確認はもちろん、新たな痕跡や情報もないとのことで、近い将来絶滅するのではと心配されています。
生態系の「かなめ」の種
クマゲラはキーストーン種(生態系のかなめの種)と言われます。いろいろな理由がありますが一例を示します。巣穴やねぐらとして利用する穴を、ブナ等の大木にほります。この巣穴やねぐらをムササビやモモンガ、コウモリ類、ゴジュウカラやオシドリなどの鳥類も利用します。それらの種は自分で巣穴をほれませんので、クマゲラがいなくなれば、これらの動物の繁殖に少なからず影響がでてくると思います。豊かなブナ林とそこに生きる動植物のためにも、クマゲラには是非頑張ってもらいたいですし、人間も保全のための手立てが急務と思います。
少しでもクマゲラと生態系のために
北海道のクマゲラを見て喜んでいる場合ではないようです。環境省の最新のレッドリスト(第四次:平成24年版)では絶滅危惧Ⅱ類ですが、地方版のレッドリストの青森、秋田、岩手の3県ともに絶滅の恐れの最も高いランクに入っています。北海道の個体との遺伝子の交流が無いことがわかっていますので、北東北の個体を守る以外に手はありません。個人的にはどうしようもないことですが、少しでも本州産のクマゲラの状況を理解し、あるいはこのニュースレター等を通して皆さんに知ってもらい、そこからクマゲラを含めた生態系の保全につながることを願っています。
- 【参考資料】
- 有澤浩『クマゲラの森から』(朝日新聞社、1993年)
- 小笠原嵩『クマゲラの世界』(秋田魁新報社、1988年)
- 藤井忠志『本州のクマゲラ』(緑風出版、1999年)